しゃかログ

仏教って何だろう?という小さな疑問を持った仏教系大学生が発信する、日常のプチ発見をおすそわけするブログ。

心が折れたとき、自信がないときに考えるべきこと

こんにちは!二回目からなんてことを書いてるんだ、と思われる方もいるかもしれませんが・・・今回は自分が今日考えさせられたことについて教わったこと、喝を入れていただいたことについて書いてみようと思います。

 

人間、成長しきっていないのにやればできると考えるのは早計

「やればできる」という言葉がありますが、この言葉、不完全なものではないかと思うのです。「やればできる」「自分は実はこんなに考えていて、やるためのプランを常に練っている」などと、私は心の中でどこか根拠のない慢心が渦巻いていました。

 

ですが、実際うまくいかなかった。自分は思いつくこと、やれることをフルでやったはずなのに、上からまだまだだ、できないならやりたいと言うな、もうやめちまえといわれてしまう。

 

最初は当然、自分はこんなにやっているのに、できることを全力でやっているはずなのにここまで言う必要はないだろ?と思うわけです。

 

はてさて、何故私は失敗したのか?それは、振り返れば慢心が根源というわけです。「やればできる」でやれる範囲は上限があって、それ以上のことは成長が足りないので全力を出していても至らない、届かないところがあるわけです。

 

先輩がなぜ偉いのか?それは経験値の差が出てくるから

自分は、もともと年齢による上下関係が大嫌いな人間でした。たかだか年が1個や2個ばかり上なだけで、天と地にも等しい上下関係が生まれる。そういうことが理不尽でたまりませんでした。

 

中学校まではスポーツもやっていなかった私は、そんな上下関係から逃げるようにすごしていました。それから私は寮のある高校に進学したのですが、そこでの上下関係の凄まじさに嫌悪感と理不尽さを感じていました。

 

では、何がそんなにえらいのか?ということになるわけです。実際、威張っているだけでたいしたことない人もいるわけですが、そういう人間は論外です。

そんな中で、さまざまな先輩に出会っていく中で、この人ならという人は何人かいましたが、その人の経験などに尊敬の念が沸いてきました。

 

自分よりすごいなと思う人間のことは無条件に受け入れておけ

仕事をしていく中で私も一定の立場になり責任を負うようになると、いろいろ指摘を受けていきます。その中でなんだこいつ、と思うようになっていくようになると、その瞬間慢心が生まれてきます。

 

自分が他人をすごいな、とおもうはずなのにどこか弛んだ心が自分が偉くなったような錯覚を起こしてしまう。そうすると、大きなしっぺ返しを食らうというわけです。

 

自分がなぜ偉くなったと勘違いするのか。それは、「やればできる」と思う根拠のない妙な自信ということです。

 

全力でがんばっている自分に対して慢心する、じつはそれは自分の中での上限であり、世の中もっとすごい人は星の数ほどいるというのに、自分も全力でやっているからいつの間にか同じ次元に立っているのだ!という妙な安心感を得てしまうということです。

 

つまり、自分よりすごいなと感じている人たちは自分とは比べようがないレベルの高さにいるのです。そもそも、比べることが間違っているほどに。

 

だから、そういう人の忠告は無条件に聞き入れておけ、ということを今日私は言われました。決して卑屈になるわけではないですが、自分は成長しきっていない、上限が低いから全力を出しても小さな結果しか生み出せないことに気づくべきでした。

 

では、どうやって上限を伸ばすか?

それは、心を折られたらまた立ち上がる、自信がなければ行動して少しのことから初めてこつこつ実績を重ねるしかないと思います。

 

それが、全力を出したときの上限を伸ばす、つまりこれが成長ということではないか、という結論に至りました。

 

 全力を出すのはもちろん当然です。でも、それは人によってできることに差があるのは当たり前、できないことがあることは当たり前です。そのことをまず自覚することが大切ではないか?と気づきました。

 

心が折れたら、少し休んでまた歩き出す。できないことがあれば、できることからはじめていく。

そうしていけば、おのずと折れないしなやかな心と、さまざまなことを実行できるような人になれるのではないか?と思いました。

 

努力を続ける、そして自分を信じる。

簡単な言葉ですが、難しいことです。

ですが、それによって人は成長できるのではないか?

大丈夫、まだまだ成長できるはず。「やればできる」ではなく「まずやってみる」から入ることができれば、の話ですが。

 

最後に、仏典からの引用で締めようと思います。

「犀の角のようにただ一人歩め」

『スッタニパータ』